ゆっこのつぶやき

はじめまして、ゆっこです。私目線で思うがままに綴ります。

実家へ

2017年7月24日

 

昨日、朝早くから実家へ戻った私。

母親のお盆供養のためだ。

 

関西の方では8月がお盆なのだが、和尚さんの都合で昨日となったわけだ。

どうしても、8月にお盆供養される方が多くて、こちらの都合とお寺の都合が合わなかったので仕方がなかったわけ。

 

朝9時30分ごろに来るという話だったのだが、予定より早く9時過ぎには来てくれた。

お盆供養を始める前に、冷たいお茶と冷たいおしぼりを用意して、暫く話をしてから始めた。

 

私の実家は真言宗

岡山は、真言宗を信仰されている方が多いそうだ。

 

お盆供養は30分ほどで終わるが、●回忌法要になると1時間はかかる。

他の宗教はどのような感じなのか解らないが、主人の方は臨済宗妙心寺派)で比較的早く終わる。

最初、嫁いてからすぐのお盆供養で和尚さんが来られてお経をあげられていたのだが、15分ほどで終わったので拍子抜けしたくらいだ。

『えっ、もう終わり?』って、思わず言っちゃったもの。

宗派によって、全然違うんだなぁ~って。

 

お経をあげ終わってから、今度は熱いお茶とカステラを出した。

話をしながらきれいに食べて下さった。

政治の話とか、自然災害の話とか、私だったら娘の話とか、父親だったら残りの人生について話をして、気が付いたら30分くらい話をしていた。

 

和尚さんが、昼から他府県の方へ行くとおっしゃっていたので、何もなければもっと話をしたかったのだが、また盂蘭盆施餓鬼会でお会いする事になっているので、それまでネタ集めをしておこうかと思う。

 

和尚さんが帰られた後、父親と2人で母親の思い出話をした。

写真を撮るのが趣味なので、色んな景色や花を撮った写真を見せてくれた。

母親が大の花好きで、庭いっぱいに花を植えていた。

このブログの壁紙をベニシアさんのものにした理由の一つに、どこかで母親と繋がっていたいという思いも含まれている。

ブログを更新するときに、この壁紙を見ては『今頃あの世でどんな修業をしているのだろう?』と思うわけだ。

景色や花の写真は、母親との思い出話には欠かせないものになっている。

そして、母親とお付き合いしている時の写真なども見せてくれて、楽しい時間を過ごした。

本当なら、一晩泊ってから家に戻りたい心境なのだが、家の事があるからゆっくりしている時間もない。

父親もそのことを分かっているので、『そろそろ駅まで送るわ』と言って車を出してくれた。

(駅から実家まで遠いので)

 

親子でこのような時間が作れるというのは有難いと思う。

母親が他界したことに対しては寂しい思いがあるけれど、父親とゆっくり話が出来るようになったのは、母親が他界してからなのでまだ2年ほどだ。

私としては、父親と過ごす時間が貴重であり、出来ることならもっと続いて欲しいと思う。

 

今、父親が71歳になったばかりなので「まだまだ大丈夫だ」と思っているが、

『お互いに無理は禁物だね』と言ってから車を降りた私。

 

別れ際に『今度は、泊まりで娘たちと一緒に来んしゃい(来なさい)』と。

 

なかなか実現出来ていないわけだが、出来るだけ早めに実行したい。

父親が元気なうちに・・・

 

父親と話をしていると、家に戻ってからも岡山弁が抜けない。

時々、私のテンションが上がると岡山弁が出てしまう。

娘たちに『それ、どういう意味?』って突っ込まれることもあるし、

逆に娘たちが岡山弁で話をする時があるので笑ってしまう。

 

主人と話をしているうちに岡山弁が抜けるんだけど、父親といるとどうしても岡山弁で会話が弾むので仕方がないかもね。